賞与支払届総括表

日本年金機構から賞与支払届総括表の案内が届きました。去年、こんなん出したっけなあ。

賞与支払届総括表
賞与支払届総括表

賞与!ボーナスとも言いますが何とも魅惑的な響きですねえ。独立以来、20年ほどボーナスなるものにお目にかかったことがありません(笑)。わが社は一人会社で、賞与は払っていません。これは役員報酬は経費になりますが、賞与は対象外になるからです。賞与も定額なら経費となりますが、それなら役員報酬と変わりません。

賞与が不支給でも支払いしないといけと書いてあるので社会保険届書作成システムで電子申請しようとしたらエラーに。日本年金機構に電話したら電子申請するなら総括表だけをeGovで提出してくださいとのことで、eGovソフトをインストールして提出。電子証明書をつけよとしたら「ICカードのPINコードを入れてください」という不思議なメッセージが。

ネットで検索すると答えは電子証明書の秘密鍵(パスワード)でした。まあ、ようもこんなメッセージをつけますなあ。電子政府を目指すには相当に見直しが必要です。

おすすめクラウド会計ソフトの選び方

2023年10月からインボイス制度がはじまり、私も対応を考えないといけないのですが、もうひとつPeppol(ペポル)の導入もはじまります。ペポルって、ほとんど知られていませんが企業間でやり取りする電子請求書の国際規格で、2023年から本格導入となり、請求書のやり取りはデジタルのやり取りが必須になります。

特に政府調達する際の請求書のやりとりに、このペポルを使うことが義務付けられる予定ですので官庁の仕事をしている事業者は必須になります。こうなるとクラウド会計を使うしかないですね。All Aboutの最新記事です。

→ インボイス導入で青色申告ソフトが必要になる人へ! おすすめクラウド会計ソフトの選び方

真鍋城

泉大津商工会議所でセミナーでしたので、ランチのついでに真鍋城へ寄ってきました。

真鍋城
真鍋城

泉大津駅からちょっと行ったとところに南溟寺というお寺があって、ここが真鍋城(大津城)跡。鎌倉時代から城郭があったようで、この頃は斎藤氏の城ですが、後に真鍋氏の城となります。眞鍋氏はもともとは日根郡淡輪村の土豪で、南北朝時代に眞鍋主馬大夫が和泉郡大津村に城館を構えたそうです。

戦国期には強大な勢力の無かった泉州では、各地の地侍が一つにまとまって(和泉三十六郷士)、行動をとるような体制ができました。泉州に進出してきた織田信長には無抵抗で降伏し所領を安堵されます。真鍋城のすぐ横が浜街道で、海岸がすぐ近くだったこともあり泉州和泉水軍衆(真鍋水軍)を率いていたようです。「村上海賊の娘」には織田方の水軍の将として眞鍋七五三兵衛という名前が出てきます。第1次木津川口海戦で毛利水軍と戦い討死しています。

天正年間に真鍋城は廃城となり、跡地に長泉寺(現在の南溟寺)が建立されました。城跡は残っていませんが周囲にはいくつかの水路があり、堀代わりだったようです。

インボイスって

泉大津商工会議所で「インボイス制度&同一労働同一賃金」セミナー。第一部の「インボイス制度って」を話をして、現在は第二部の「働き方改革って」を社労士さんが講演中。

泉大津商工会議所
泉大津商工会議所

2023年10月からインボイス制度がはじまりますが、早い話がほとんどの免税事業者が課税事業者にならないといけないという話。きちんと消費税を計算して納めないといけません。課税事業者が発行する請求書がないと消費税の相殺ができなくなります。

建設業の一人親方などが大変で工務店から仕事をもらっている場合、最終はゼネコンですからゼネコンから次々と課税事業者になるように言われ、一人親方も工務店から課税事業者にならないと、もう発注できませんと言われてしまいます。けっこう大変な話なんですが、知らない事業者が多いですねえ。

トッカイ

■住専って、ご存知ですか?
銀行が作った住宅金融専門会社でバンバン不動産融資をすることから地価が高騰。マスコミや野党から突き上げられた国が総量規制という通達1枚を出してバブル崩壊。結局、失われた20年となりました。銀行が次々と倒産し、たくさんあったメガバンクが3行に集約されます。膨れ上がった債務を取り立てるためにできたのが整理回収機構。メンバーの多くが破綻した住専や金融機関の出身者たちで、泥沼の債権回収に奮闘する物語が「トッカイ」ですが、全て実名。

トッカイ
トッカイ

本を読んでいくと津田敏夫さんという知り合いの名前が出てきてビックリ。現在のコンサル会社を設立する経緯もよく分かりました。「トッカイ」とは不良債権特別回収部の略で、WOWOW開局30周年記念ドラマとして放映されるそうです。

■司社長の提言
1994年に知的生産の技術研究会・関西で別件で大阪へ来ていたウイクリーマンションツカサの司社長にセミナーをしていただきました。ちょうどバブルが崩壊し、不動産と株式関係が大打撃をうけていた頃で「大富豪だったのが大貧民になってしまいました。」とおっしゃってました。

「すべてはこのバブルは不動産屋が悪くってあいつらに金を貸したからこうなったんだと大蔵省の通達が出て、不動産屋をしめつけて土地の値段が下がろうが株の値段が下がろうが、それはが困るだけで何の影響もないと思ってたんじゃないですか、皆さんも実はそう思ってたんじゃないんですか3年ほど前までは。だから不動産屋がつぶれようとザマミローじゃかったんですか。今になってみるとこっちがザマミローですね。」

■自分で考えるしかない
土地がどれだけ下がろうと株の値段がいくら下がろうと実態経済には影響しないと当時のエコノミスト、官僚、経済学者とかみんな言っていて、国民もそう思ってましたが、そんなことはなく結局、失われた20年になってしまいました。やっぱり自分の頭で考えないといけませんなあ。いろいろと考えされられる1冊です。

京都からおくる日本史研究の最前線

タイトルにひかれてGaccoで受講しています。Gaccoというのは日本語版Moocで、Moocというのは大学などの講座をオンラインで無料受講できるシステムです。

Gacco
Gacco

「京都からおくる日本史研究の最前線」は立命館大学が提供しているプログラムで乙巳の変―大化改新―から始まって満州国までの講義でした。古代や戦国時代の話が目当てでしたが、4週目は近代で、しかも教科書に登場しない事件などが取り上げられていて、なかなか面白かったですね。満州国に国立の競馬場が7つもあったとは初めて知りました。

あと明治5年に起きたマリア・ルス号事件。事なかれ主義の日本の原点はこんなところにあったんですね。

えべっさん

”商売繁盛で笹持ってこい!” 宵えびすです。

額田戎
額田戎

家から歩いてすぐの額田戎へ。ふだんも全然、密でなく地元の人しか行かないえべっさんですがコロナ対策がなされていました。狭い境内がワンウェイに、いつもの甘酒コーナーやお神酒コーナーもありませんでした。境内前にいつも一つだけ出ているベビーカステラの屋台も今年はなしです。

お参りして、裏から木戸をたたき、さっそく縁起物を買ってきました。去年はコロナで大変でしたが、今年は商売繁盛になるよう、えべっさん、頼んまっせ!

竹中半兵衛の墓

三木城を攻める平井山付城の麓に竹中半兵衛の墓があります。

竹中半兵衛の墓
竹中半兵衛の墓

竹中半兵衛といえば稲葉山城のクーデターが有名です。美濃・齋藤龍興の家臣でしたが一部の側近を寵愛して政務を顧みなかったため、わずかな手勢で稲葉山城を乗っ取り、齋藤龍興を城から追い出します。半年ほど稲葉山を占拠し、その後は引退していました。織田信長が齋藤家を滅ぼすと秀吉に仕えることになります。

荒木村重が信長を裏切った時には秀吉の幕僚だった黒田官兵衛が説得に行きますが、荒木村重に閉じ込められてしまいます。帰ってこない黒田官兵衛に怒った信長は人質にあずかっていた黒田長政を殺せと命じますが、この時に黒田長政をかばったのが竹中半兵衛でした。

三木城の包囲中に病に倒れ、秀吉は京で養生するように戒めたが竹中半兵衛は「陣中で死ぬこそ武士の本望」と亡くなりました。

平井村中村間ノ山付城

平井山ノ上付城から谷を挟んだ隣の山にあるのが平井村中村間ノ山付城。土塁に囲まれた小さな郭があり、麓には兵が駐屯できる削平地があります。山への入口には竹中半兵衛の陣所跡となっていました。竹中半兵衛といえば秀吉の軍師として有名な武将です。

平井村中村間ノ山付城
平井村中村間ノ山付城

郭の北側がすごい垂直の崖になっていて、どう考えても攻撃できないような陣地です。小さな付城なんですが、見事ですね。

平井山ノ上付城

織田信長といえば、よく裏切られた人物で、その一人が三木城の別所長治。秀吉の傘下に入って毛利氏攻めの先鋒を務めるはずが、逆に毛利と通じて三木城に籠城することになります。

平井山ノ上付城
平井山ノ上付城

織田軍は三木城を攻囲し兵糧を断つことにしました。三木城の周りに付城をたくさん築き、包囲網を築きます。中心となったのが平井山ノ上付城で織田信忠が造りました。その後、秀吉にまかせ秀吉の陣所となります。これが有名な「三木の干殺し」です。

付城群は国史跡となり、よく整備されています。平井山ノ上付城には兵が駐屯できる削平地がたくさんあり、主郭からは三木城がよく見えます。山城としては、あまり防御に徹した城ではなく、堀切もほとんどありません。別所軍とは平坦地で戦うことにしていたようです。