シムシティ

シムシティというゲームをご存じですか。

怪獣
怪獣

登場したのは1989年で、なんと30年以上も前のゲームです。ゲームでプレイヤーは市長となり、何もない不毛の土地から都市づくりをしていくシミュレーションゲームです。

■シムシティとは
土地には住宅、商業、工業という地区を設定できます。設定するといってもエリアを決めるだけで、住宅地区を設定してしばらくすると一戸建が並び始めます。住宅地区と商業地区はなるべく隣接させて設定します。でないと買物が不便な街となってしまい人口が増えません。反対に工業地区は住宅地区から離さないと公害で住環境が悪化します。人口が増えると悪い奴が出てくるので警察署や消防署も整備しないといけません。

施設を作ると維持費がかかります。いかに住人の満足度を上げ、納得してもらって税金を払ってもらうかが鍵です。また住宅地区のなかには発展しない地域もあります。そういった地域は工業地区に変えて住宅地を集約した方が効率がよいと考えられ、コンパクトシティの必要性もよく理解でき、また税金の必要性も学べます。

自分が作った都市がだんだん発展していくのを眺めるだけのゲームですがMacSEの白黒モニターで、よくやっていました。

■ゴジラが自分の街を壊していく
時にいろいろと災害が起きます。特に都市の汚染レベルが閾値を超えると、ゴジラがいきなり出現して汚染の一番ひどい地域に直行し、工場をぶっつぶして帰っていきます。プレイヤーは苦労して作り上げた町が、ただ壊されるのを見守るしかありません。

各国もコロナ対策でいろいろな手当をしましたが、無い袖は振れません。アフターコロナでは増税になります。シムシティは今も発売されていますが、都市の借金が増えた時のシミュレーションバージョンを出してくれないかなあ。

近江幕府(桑実寺)

大河ドラマ「麒麟がくる」で向井理が演じる足利義輝が近江・朽木から都へ戻っていました。

桑実寺
桑実寺

当時、幕府の力が弱く何かあると外へ逃げていました。足利義輝のお父さんである足利義晴も朽木に逃げていました。しかもなかなか都へ戻れず、観音寺山の中腹にある桑実寺に実質的に幕府を移します。これが約3年続く近江幕府となります。

桑実寺の境内には室町時代初期の本堂(重要文化財)があり、ここに近江幕府があったんだと感激します!寺に通じる石段の両脇には当時、屋敷が建ち並んでいた様子が残っています。桑実寺の裏から登ると観音寺山城ですので、六角氏の庇護があったのでしょう。

テレワーク生活

朝からWebexで打合せ会議。

テレワーク
テレワーク

午後からは大学のオンライン講義で、なんかしっかりテレワークしております。自宅から出ないので運動しなくなるのが難点ですねえ。

■オンライン講義
オンライン講義、授業開始時にはチャイムを鳴らして雰囲気作りをしています。今回は一方的な講義ではなくチャットなどを使って双方向でやりましたが、「右クリックって何ですか」という質問が、他の学生が「マウスの右クリック」とフォローしていました。

ナイスフォローと思ったら「マウスがない」という返事。あらあら。「Shift+F10キー」で右クリックのメニューが出せることで解消。いろいろありますねえ。
教育学部の一回生を教えていますが、前期は全てオンライン講義になりましたので、皆さん同窓生と会っていません。ということで本日の講義はパワーポイントの授業。自己紹介の資料を作ってもらい次週は一人ずつプレゼンしてもらいます。

オンライン講義、終了したら即、冷蔵庫からビールを取り出して一杯!一番のメリットは授業終了とともに飲めることですねえ。

LEC梅田で講義

LEC梅田で経営情報システムの講義。

LEC梅田
LEC梅田

久しぶりに行くと、しっかりコロナ対策されていました。座るのは机1つに一人で、なるべく離れて座るようになっていました。講師席には飛沫防止シートが貼られていました。

梅田の人出はいまひとつで、3割ほどという感じです。ホワィテイ梅田では、ほとんどの店がオープンしていましたが立ち飲み屋などはカウンターに一人ずつ飛沫シートで区切っていました。

混んできたらカウンターに向かって斜めに飲むのが立ち飲み屋の暗黙のルールですが、そんな飲み方ができるのは、当分先になりそうです。

謹慎と閉門

大阪の緊急事態宣言がようやく解除。まだまだ休業しているお店が多いのですが人出は増えてきました。朝の地下鉄・中央線は、まだすいていて座席も空いています。昔、地下鉄が生駒駅どまりだった時代は、けっこうすいていたのですが、そんな感覚ですね。今は学研奈良登美ヶ丘駅まで延長されています。

閉門
閉門

■謹慎
大阪はようやく謹慎が解けました。謹慎というのは、もともと刑罰の言葉で一定期間外出を禁止されることをいいます。それが転じて活動を休止することも言うようになりました。徳川慶喜が大坂で敵前逃亡して江戸に戻ってきた時、上野の寛永寺に入りましたが、これも謹慎です。緊急事態宣言はお願いでしたので江戸時代の謹慎みたいなものですね。

■遠慮
他には遠慮があります。関西では「遠慮の塊」という言葉がありますが、本当の遠慮は自宅に籠ることですが、夜中に出歩くぐらいは目をつむってもらったようです。また他人が訪れるのはOKでした。もう一つ厳しくなると逼塞(ひっそく)になると他人が訪れるのもダメになります。吉田松陰は脱藩によって命じられたのが逼塞です。

閉門は門扉や窓を閉めて、昼夜ともに出入りを許さない状態ですので、こうなるとロックアウトですねえ。

総務委員を卒業しました

総務委員を卒業しました。

卒業
卒業

昨日、大阪中小企業診断士会・総会が開催されましたが、新型コロナウイルスの関連で最少人数での開催になりました。

長らく総務委員を拝命しておりましたが、今年還暦を迎えたこともあり退任することになりました。皆さまにはいろいろと、ご指導いただきありがとうございました。

総務委員を卒業し、普通のコンサルタントに戻ります(笑)。

思えば、数年前にどっか居酒屋から訳の分からない電話がかかってきて、後ろの騒音でよく聞き取れない。「委員が...とにかく頼む....」なんて声だけは聞こえ、「別にいいですよ」と答えたのが運のツキ。それ以来、ずっと委員をやっておりました。

中之島図書館の経営相談のアテンドなどなど、いろいろなことを経験させていただき、得難い経験でした。今後は一会員として士会に関わっていきますので、よろしくお願いします。

桃太郎は奈良生まれ

竹取物語には藤原氏告発本という側面がありますが、同様に”おとぎ話”にはいろいろな側面があります。

桃太郎
桃太郎

桃太郎といえば鬼ケ島への鬼退治で有名ですが、一説には吉備津彦命による温羅退治伝説であると岡山では宣伝していますが諸説あります。

■吉備津彦命は奈良生まれ
孝霊天皇の皇子なので都があった黒田廬戸宮で生まれたといわれています。近鉄田原本線・黒田駅のすぐ近くです。吉備津彦命は四道将軍の1人となり、西道に派遣されます。

纏向遺跡の発掘で吉備が大和政権設立に貢献した強国ということが分かっていますが、どっかで方針があわなくなったのか吉備は政権に攻められる側となります。この時に吉備津彦命が派遣され温羅退治伝説になったと言われています。吉備津神社縁起物によれば犬飼という名前の部下がいたのと猿飼部、鳥飼部の一族を引き連れていたそうで、これが犬、猿、キジとなっていきます。ほんまかいなあ(笑)。

シン・テレワークシステムはラズパイ

NTT東日本とIPAによる「シン・テレワークシステム」。2020年10月31日まで、実証実験という位置づけで無償で提供されています。

インプレスのPCWatchにシステムについて掲載されていますが基本はラズパイで構築されています。現在、2万ユーザほどが使っており、しかも1ユーザーあたりの月額コストは5~14円になっています。月14円でも年間168円。正味のコストなんで有料化によって、いろいろとサポート代などが入っても安価で提供されそうです。

これで一人、在宅勤務でき会社に行かなくてすむので安いものですねえ。

→ NTTとIPAの「シン・テレワークシステム」はラズパイだった。1ユーザーあたり月14円で運用可能

オンライン講座がスタート

大学の講義が遅ればせながらスタート。

クロマキー
クロマキー

大きなクロマキーを自宅に準備し、クロマキーを使って大学のキャンパスを仮想背景にしてZoomを開始。Zoomの待機室に次々と入ってくる学生をチェックしてOKを出します。講義前にほとんどの学生が接続。2、3人は遅刻していました(笑)。

それにしても自宅で一人画面に向かってしゃべるのは、なかなか異様です。今日はシラバスなど説明で一方的な講座でしたので、課題とともに感想などはメールで送ってもらうことにしています。オンライン講義では学生は基本的にマイクを切っているので、私語は一切なし、なかなか不気味です(笑)。

オンライン講義は接続できない学生向けの準備が大変だし、また学生の反応を見ずにしゃべるので疲れますねえ。でも講義が終わってすぐにビールを飲めるのはいいですなあ!

ベニスに死す

疫病バトン 第七回(最終回)は「ベニスに死す」です。

【疫病バトン・ルール】
●疫病をテーマに7日間投稿する
●友達にバトンをお願いしたらダメ。友達をきっとなくします(笑)

ベニス
ベニス

トーマス・マンの「ベニスに死す」をルキノ・ヴィスコンティが1971年に映画化しました。テーマ曲にグスタフ・マーラーの交響曲第5番・第4楽章アダージェットが使われ、とっても印象的。舞台は疫病が流行しているベニス。主人公も最後は疫病で命を落とします。

■リド海岸へ
大昔の学生は小田実の「何でも見てやろう」や五木寛之の「青年は荒野をめざす」に感化され、バックパックに荷物を詰め込んだ放浪旅行が流行っていました。持参するのは「地球の歩き方」。ヨーロッパを目指すなら赤い表紙が印象的なトーマスクックの時刻表です。ということで航空券だけ予約してバックパックを持ってヨーロッパへ出かけました。

目的の一つがベニスのリド海岸、そう「ベニスに死す」の舞台です。夜行列車でベニスに入り現地で知り合った日本人学生と水中バスでリド海岸へ向かいました。リド海岸といっても単なる海水浴場、他のメンバーは映画を見ておらず感激しているのは私一人だけ(笑)。皆、大学四回生だったのでアドリア海を見ながら「日本へ帰ったら就職だなあ」としゃべっていたのを思い出しました。